HIKONE Web ガイド

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玄宮園十勝

玄宮園(蓬莱島).jpg

一服の薄茶いただき見返れば天守はくまなき夕映えの中(鳳翔台)

緲渺と吹雪く無為なる時をおり入り縁側のてすりにもたれ(臨池閣)

河骨の花のめぐりを音もなくさざれ波寄るやわらかき夏(魚躍沼)

龍神の背(そびら)は広し柔らかき光あふるる橋渡りゆく(龍臥橋)

渚辺にたつ鶴石は首延べて初日のひかりにさわに鳴きおり(鶴鳴渚)

若駒のもはやここにはあらぬ世に瓢(ひょん)の実を吹く音透りくる(春風埒)

ひっそりと池に浮かべし舟に見る山際すでに繊き月あり(鑑月峰)

池の面に枝さしのべて青もみじ水の深みの影と揺れあう(薩埵林)

板橋の下は石組枯れ流れ音はずみくるまぼろしの水(飛梁渓)

はるかなる時のはざまにほしいままもみじ落ちきてくれない刻す(涵虚亭)

P4060019(玄宮園案内板).jpg

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ガイドコースのご案内(H)「彦根 宿場巡り コース」

・高宮宿:近江鉄道高宮駅から徒歩往復(所要時間1時間30分)
高宮駅⇒無賃橋⇒三光山円照寺⇒旧本陣跡⇒ふれあいの館⇒旧脇本陣跡⇒高札場跡⇒紙子塚
⇒多賀大社一の鳥居⇒高宮地域文化センター

・鳥居本宿:近江鉄道鳥居本駅から徒歩往復(所要時間1時間)
鳥居本駅⇒鳥居本宿赤玉神教丸本舗⇒上品寺⇒湖東焼自然斎住居跡(旧鳥集会所)⇒本陣跡⇒
ふるさと鳥居本資料館⇒問屋跡

・両宿間を近江鉄道で移動(全コース所要時間3時間)

中山道高宮宿
 中山道高宮宿は、中山道六十九次(東海道の草津、大津を含む)のうち江戸から六十四番目になります。天保14年の記録によれば、町の南北の長さ七町十六間(約800m)総戸数835軒、人口3,560人、本庄宿に次ぐ中山道第二の大きさで、本陣1、脇本陣2、旅籠数23などの施設を持つ宿場でありました。
 また多賀大社への門前町としても賑わい、多賀大社一の鳥居が宿中程に建っています。特産品として、室町時代から全国的に有名になっていた高宮上布の集散地として、豊な経済力を持っていました。

P5200003(高宮宿).jpg

鳥居本宿
 江戸から数えて六十三番目が鳥居本宿です。徳川家康が慶長7年(1602年)中山道を整備した時は一旦小野宿に宿継を命じています。その後彦根築城による中山道への脇街道のルートから鳥居本に宿が移されました。
 天保年間の宿村大概帳によると、鳥居本宿の長さは小野村境から下矢倉村まで13町(約1.4km)と記されています。本陣一軒、脇本陣二軒、問屋場一軒、総人口1,448人、家数は293軒で、そのうち旅籠屋が大小合わせて35軒あったようです。
 鳥居本の名産と云うと三つの赤が上げられます。赤い丸薬の神教丸、赤い渋紙の合羽と赤いスイカです。

P5200004(鳥居本宿).jpg

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再会

 彦根城の桜が満開になった4月7日(土)に、常駐ガイドに出務しました。朝から沢山の観光客で賑わい、10時頃には天守入城が60分待ちになっていました。
 先に二人がガイドに出られ、一人券売所の前でお客様を待っているとき、大勢の来場者の中から一人の男性がニッコリとこちらに近づいて来られ、私もどこかでお会いした方だとわかりましたが、思い出せません。私の前に来られ、「Mさんでしたね。今日もガイドお願いします。」と話しかけられました。「名古屋のSです。昨年は家内と二人でしたが、今日は急に思い立って一人で来ました。米原駅も彦根駅も沢山の人でした。」と話され、思い出しました。以前ガイドさせていただいたお客様だったのです。昨年11月の常駐ガイドで、天守と玄宮園を案内させていただいた方でした。今回は博物館と宗安寺をご案内しました。
 たまたま都合が悪くなった方の替わりに出務して、12,000人中の一人として来場されたSさんと、半年ぶりに再会できたのですから本当に不思議です。偶然の出会いに驚き、直弼公の「一期一会」の出会いの大切さを改めて感じました。これからも、彦根に来てよかったと喜んでいただけるよう、心を込めたおもてなし「ガイド」を心掛けたいと思います。

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