ようこそ彦根へ(3)
常駐ガイド時でのお客様との体験談をお伝えします。
その1、彦根城表門の所で、年令75歳前後のリュックに絵筆を入れた人が、石垣の石を手で触っては、行ったり来たりしています。不思議に思って声をかけてみました。「何かお手伝いすることはありませんか?」と。すると、この人は安土の方で、安土城博物館が安土城復元のため石を寄贈できる人を公募したので、「我が家の庭石を寄贈します」と申し出たそうです。結果は、安土城復元のための石に適応しないと、判断されたとのことです。そこで、彦根城の石を直接見に来たのだと、答えられました。
「何が違うのですか?」とお尋ねすると、彦根城の石は『川の石のように角が丸くなっていない』『大理石のような光沢もない自然の石である』『苔ができるような石である』と。
築城時の本物の石が、ここにはあります。

その2、金沢城のガイドの皆様方が彦根城に見えました。
金沢城跡は、石垣の見本品がある所として有名です。金沢の方々が更に石垣を勉強されるため、午前中は坂本の穴太積みを見て、且つ、穴太積み技術伝承者の栗田氏から講義を受けて、午後彦根に見えました。
彦根城の表門は桝形虎口となっていて、虎口側(山手側)は、昭和49年(1974)に栗田万喜三氏が積み替え修復をされました。また、登り石垣の下は、昭和60年(1985)に万喜三氏のご子息によって積み替え修復されました。要するに、表門の桝形虎口は穴太技術の伝承者親子によって、修復されたことになります。
そこで、金沢城のガイドの方々に、「どちら側が、穴太積みに近いですか?」と問うと、「ご子息が積み替えた所が、栗田氏の講義に合う」との、評価を得ました。穴太積みの石垣を見たい方には、彦根城表門の石垣見学をおすすめします。また、「金沢城跡の石は家紋が多いが、彦根城の石垣には家紋が見当たらない。その代わり、石を割る時に発生する『矢穴の跡』の石は彦根城に多くあり、矢穴の形で江戸時代初期と後期が分る」とのことでした。
石垣の美しさの感じ方は、個人差があるものですが、天秤櫓の下は右半分と左半分とで積み方が異なり、お客様に「どちらの石垣の積み方がお好みですか?」と問いますと、左側(江戸後期)の落し積みが好いと答える方が60%位で、意外と多くおられます。
彦根城には色々な石垣があって、昔の職人の技が想像できます。ぜひ、職人になったつもりで、彦根城を見て下さい。







