彦根井筒タペストリー

彦根城周辺において、国宝・彦根城築城400年祭プレイベント『光の祝祭 彦根城ライトアップ「ひこね夢灯路」』が開催されています。
彦根城に隣接する夢京橋キャッスルロードでは、今、「彦根井筒タペストリー」が掛けられ、訪れる人々の注目を集めています。

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「井伊の赤備え」の赤色を基調とした、2.4m×2.4mの非常に大きなものです。(※赤備えについては「列伝」第2回〜4回をご覧下さい)

夜間(18:00〜21:00)はライトアップされ、光の祝祭に彩りを添えています。

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商店街の協力で、彦根城のライトアップに訪れた方々を城内から城下町へいざなう目的で行われています。
夢京橋で商売を営む水野義博さんは「旧城下町であった彦根市内、各商店街を回遊していただくきっかけになればいいですね。彦根のまちのよさを感じていただきたいです。今回はプレイベントということもありタペストリーは5ヶ所だけですが、来年は数を増やしたいですね」と、まちの盛り上がりに期待しておられます。

井伊家の家紋が「彦根井筒」であることは有名です。では、なぜ「井」の紋なのでしょう。それには、井伊氏の興りに関係があります。

井伊氏の始祖は、井伊共保とされています。
平安時代、遠江国(現静岡県)井伊谷(いいのや)の八幡宮神主が御手洗の井戸(水は神として祀られたので、神の住む所として井戸も祀られた)の傍らに男児の捨て子を見つけ、聡明で貴人の相があり、しばらく神主に育てられました。後、藤原氏の養子となります。成人し故郷の井伊谷に戻り、地名にちなみ家名を「井伊」と改めました。井伊家の興りです。
つまり、共保が発見された御手洗の井戸にちなみ、井伊家の家紋は「井」となったといわれています。
(参考資料 :「井の国千年物語」編集委員会 編/発行『井伊氏とあゆむ 井の国千年物語』2005年)

12月31日まで、このタペストリーは『光の祝祭 彦根城ライトアップ「ひこね夢灯路」』開催期間中、設置されています。
また、キャッスルロードに隣接する四番町スクエアではツリーイルミネーションが、ベルロードではX'masイルミネーションが彦根の夜を彩っています。

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コメント

『井伊氏とあゆむ 井の国千年物語』の絵本読みました。
引佐町が町村合併のときに作った本でしたが、彦根以上に引佐の方々が井伊家に思いを馳せておられる様子がヒシヒシと伝わってきました。

木綿屋さん、コメントありがとうございます。
僕も木綿屋さんと同様、「井伊氏とあゆむ 井の国千年物語」を読むと、引佐の方々の井伊氏への思が伝わってきました。井伊氏の興りからの話は、とても勉強になりますし、もっと井伊氏を知りたいと思うきっかけとなりました。

惜しい!
今日の豆知識クイズ、もう2、3日早く出題されていたら、城下町検定でもう1点多く点数とれたのに。悔しい。直興のお墓が永源寺にあったなんて知らなかった。(>_

かっちんさん、コメントありがとうございます。
今日の「豆知識クイズ」、昨日行われた城下町検定試験問題のヒントになる内容でしたね。
当BLOGでも、みな様方が知らない彦根の豆知識もお伝えしていきたいと思います。

先日、夢京橋キャッスルロードを車で走っていたら、このタペストリーがすぐ目に入りました。「ほお、400年祭に向けて食事処が目立つようにしているのか」と感心しました。でも書かれた文字は「丼(どんぶり)」じゃなかったんですね。

翁恵さん、コメントありがとうございます。
はい、確かによく「丼ぶり屋かと思った」、「ご飯処と間違えるわ」とよく耳にします。
そこから話題性が広がって行けば面白いですね。