井伊神社

井伊神社では毎月1日、多賀大社から神官を招き神事が執り行われています。
その時は、一般の私たちも社殿内部を見ることができます。

井伊神社外観

井伊神社は、かつて石田三成の居城があった佐和山の麓にひっそりとあります。9月28日の記事にある木村長門守重成公の血染めのススキが境内に残る神社です。

天保13年(1842)に彦根藩12代藩主井伊直亮(なおあき)が、井伊家の始祖井伊共保(ともやす)の750回忌にあたり、井伊谷(現静岡県)八幡宮から井伊大明神を分霊して神像を造り、龍潭寺の参道脇に祀ったのがはじめとされます。また、彦根藩初代藩主直政・彦根藩2代藩主直孝も祀られています。


社殿内部は、細密な彫刻が施された欄間や朱漆を15回も塗ったという柱など、極彩色だったという創建当時を推し量るには色褪せ、語り継ぐ人の言葉が必要となりました。

井伊神社鳳凰
入り口の鳳凰の彫刻
井伊神社鏡
本殿欄間にかかる鏡
井伊神社龍
本殿欄間の龍の彫刻
井伊神社獅子
本殿獅子と花の彫刻
井伊神社天井
本殿の天井画
井伊神社漆
15回重ねられた漆の塗り

その昔、神社本殿横には能舞台があったといいます。昭和初期まで、お祭りが行われ、たいへん賑わっていたそうです。


井伊神社にあったという能舞台は、実は不思議な運命を辿っていました。
彦根城表御殿の能舞台は明治20年、井伊神社に移築されたらしいのです。次に、井伊神社から護国神社境内に移築され、表御殿を復元した彦根城博物館の建設時に、現存する唯一の建物として元の場所に再び移築されたのでした。


「当時と現在のここの眺めはまったく変わりました。また、あの頃のような祭りが執り行われるようになれば……。ここ井伊神社は彦根でも知らない方が多いです。まずは井伊神社にお越しいただきたいです」と昔を知る人は話されます。


過去から未来へ繋ぐモノ……。大切にしたいですね。

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コメント

かなり老朽化してますね、神社である以上は行政ではなかなか修復できないのでしょうね。やはりここは、彦根市民の力の見せ所でしょうね。

コメントありがとうございます。
はい。かなり老朽化しています。
私たちにできること……。
彦根のみなさんが歴史や文化のことを大切に思う気持ちが、まずなによりも肝要だと思います。

井伊神社はいつか自分が修復します。
木下家の名に懸けて。