豪徳寺に行ってきました

井伊家の菩提寺、「招き猫」の発祥の地といわれる豪徳寺に行ってきました。豪徳寺の「招き猫」は「招福猫児」と書き「まねぎねこ」と呼びます。
豪徳寺は東京都世田谷区にあります。

豪徳寺ロング
豪徳寺表門

江戸時代の初期、豪徳寺は弘徳庵という小さなお寺でした。貧しい寺ではありましたが和尚は自分の食事をさいてでもかわいがっている猫がいました。和尚は猫にいいます「私の愛情に恩を感じるならば何かしておくれ」と。
数日後、鷹狩りに来ていた武士が「猫に手招きされ、不思議に思いここに寄る。しばらく休憩させてもらえないか」と弘徳庵を訪ねてきました。和尚が寺の中へ迎え入れ、渋茶(上等ではないお茶)でもてなしていると、空はにわかに黒い雲で覆われ、大粒の雨にはげしい雷がとどろきはじめました……その音にも驚くことなく和尚は静かに武士たちに説法をしたところ、大変喜び「我は彦根城主井伊直孝である。猫に招かれ、雨雷をしのぎ、和尚に有り難いお話をちょうだいしたこと、仏から授かる縁であろう。これからもよろしくたのむ」といい、去っていきました。
こうして、弘徳庵は井伊家の菩提寺となり、多くの田畑の寄進を受け、弘徳庵は栄えます。和尚はこれらは、かわいがっていた猫が福をもたらしてくれたと感謝しました。その猫が死んだ後も、和尚は墓を建て冥福を祈りました。
後に、この猫の姿形をつくり「招福猫児(まねぎねこ)」と呼び、お祀りすればたちまちに福が来る、家内安全・営業繁盛・心願成就するといわれ、そのご利益を知らない人はいないほどになりました。
直孝公が亡くなり、この弘徳庵に葬られました。その折り、戒名の「久昌院殿豪徳天英大居士」から名前をとり、弘徳庵は「豪徳寺」となりました。
【参考資料:曹洞宗大谿山 豪徳寺「招福猫児の由来」】

井伊直孝のお墓
井伊直孝の墓

本堂
豪徳寺本堂

本堂は新しく立派な建物でした。住職はご不在だったのですが受付のお坊さんにお話を伺うことができました。
「招福猫児をお求めに来られる方が多いですね。招福猫児を持ち帰られた方がお返しや奉納に来られることも多いです。彦根から来られる方はやはり、井伊直弼公のお墓にお参りに来られます。みなさま、直弼公のお墓があることはご存知のようですが、豪徳寺の名前の由来でもあります井伊直孝公もお眠りになられております。彦根城、築城400年を向かえるのですね。よい400年祭をお迎えになれますよう祈っております。」

直弼の墓
井伊直弼の墓

井伊直弼の墓は墓地の奥にたたずんでいました。毎日お参りに来ている方がいるのでしょう。お花が供えてありました。

奉納棚
招き猫堂の奉納棚

猫観音を祀る招猫殿。
その奥にはお役目を終えたものや奉納されたものがありました。

「招福猫児」は、今も縁起物として多くの人々に親しまれ続けています……。

「招き猫」にもいろいろな種類があるものです。
並ぶ豪徳寺「招福猫児」。

大中小猫
かなり大きい・大きい・中くらい・小。(写真にはありませんが「豆」という大きさのもありました)

並ぶ並ぶ
並ぶ並ぶ……

並ぶ並ぶ
並ぶ並ぶ並ぶ並ぶ……

寿福
「寿」「福」

南国
どことなく南国風

陶器
陶器の「招き猫」

黒茶白
黒右手・茶左手・白右手

まげ猫
まげに見えるが三毛猫

« ひこにゃんパン | メイン | ひこにゃん活躍中 »